デス・オーバチュア
第287話「前夜襲来」



まだ五つの大陸が一つだった時代。
北の大地に一柱の邪神が降り立った。
邪神は瞬く間に北の大地を制すると、その魔手を大陸全土へと伸ばさんとする。
だが、魔手は直前で断ち切られた。
一人の少女……神人が十三人の使徒と共に邪神を討ち倒したのである。
その後、神人と十三使徒は氷の大地(邪神との古戦場)に新たな国を興した。
国の名はガルディア皇国……万の月日を重ねても揺らぐことなき神人の国……。


……といった内容の物語(詩)をアリア・フィーナ・フイナーレは声高に歌った。
場所はハイオールド家の一室、観客はクロスと、その膝の上に座っている幼い少女(セブン)、傍に控えるお付きの侍女(ファーシュ)の三名。
「……大したものね、内容はともかく、見事な朗唱だったわ……」
クロスは悔しいが認めざるえないといった表情で、拍手を送った。
「お粗末様でした」
アリアは謙虚な態度で一礼する。
「そっちのあなたも文句のつけようのない見事な伴奏だったわよ」
「…………」
クロスの賞賛に、演奏者は竪琴を一撫だけして応えた。
ダークブロンド(暗い金髪)に紫暗の瞳、十八歳ぐらいの美貌の吟遊詩人である。
「ふむ……?」
「…………」
クロスは探るような眼差しを向けるが、吟遊詩人は竪琴を抱えてアリアの横に座り込んだまま平然としていた。
とても自然な無視というか、クロスと目を合わせようともしない。
「彼がどうかしましたか……?」
「ん……別に……ただなんとなく……」
見覚えが……以前に会ったことがあるような……『錯覚』がしただけだ。
「そうですか。では、私はこれで失礼させていただきます」
「あ、もう行くの……?」
「ええ、『宿泊費』は払い終わりましたので……」
「そうね、確かに領収したわ」
宿泊費というのは先程の『歌』のことである。
「……それもかなり過分にね……」
そもそもこのアリアとかいう少女は、いきなり姉様(タナトス)が連れてきた『客』だ。
客といっても、我が家は宿屋をやっているわけでもないし、本来宿泊費など請求しない。
宿泊費など(そんなこと)言い出したら、いつの間にか見かけなくなった『居候』達は誰一人、金品など置いていかなかったのだし……。
要は彼女が、無償で泊まることを、貸しをつくることを良しとせず、勝手に宿泊費代わりに一曲披露してくれただけだ。
「お釣りは結構です、チップだとでも思ってお納めください」
アリアはそう言って、とても鮮やかな『冷笑』を浮かべる。
「むっ……」
冷笑……つまり、嘲笑い、さげすまれたというのに、その表情のあまりの鮮やかさにクロスは一瞬見惚れてしまった。
「……では、いずれまたお会いしましょう」
アリアは床に置いてあった長袋を右肩に背負うと、一度も振り返ることなく部屋から出て行く。
「…………」
「……ねえ、やっぱりあなた……前に会ったことない?」
クロスはアリアの後を追うように歩き出した吟遊詩人に声をかけた。
「……いや、私とお前は初対面だ、セレスティナ……」
吟遊詩人はすれ違いざまにそれだけ答えて去っていく。
「そう……ん? あれ? なんか今……決定的におかしなところがあったような……?」
明らかな違和感を感じるのだが、それが何かクロスにはどうしても解らなかった。
「異音同義語……」
膝上のセブンが無表情のままぼそりと呟く。
「えっ? 今なんて……?」
「…………」
セブンはクロスの問いに答えることなく、彼女の膝の上からぴょんと飛び降りた。
そして、くるりと向き直り、血のように赤い瞳でクロスをジィィィッと凝視する。
「……セブン?」
「……それは……本当の名前じゃない……」
セブンの喋り方が変わった。
この少女は基本的に姉(ファースト)としか『会話』をしない。
それ以外の相手に対しては、単語というか名詞というか、一方的に一言を吐き捨てるだけだ。
「あなただけに……教えた……本当の名前……」
「ええ……でも、アレは……名前と言うより……」
「真名(名前)を喚(呼)んで……」
「真名……」
確かに、自分は彼女本人から教わったのでその名を知っている。
いや、正しくは教わる前からすでに識っていた。
恐ろしく単純で、もっとも有名で、とてつもなく偉大な御名……。
「それが『契約』……『力』が欲しければ……『我』を求めよ……」
セブンはその愛らしい容姿には相応しくない、圧倒的な重圧(プレッシャー)と絶対的な畏怖(フィアー)を全身から放っていた。
「我は汝の物、汝は我が器……共に魔の王覇を極めん……」
宣言のような呟きの後、そっと右掌をクロスへと差し出してくる。
「……あたしに悪魔(あなた)と『契約』しろと?……でも、あなた達は姉様と……」
「否……『我等』は他の魔神とは違う……現所有者も前所有者も我等を御する器を持たず……」
「……つまり、あなた達『姉妹』だけは別格なわけね」
ここで言う我等とはセブンチェンジャーに宿る『七人』ではなく、彼女達姉妹『二人』だけのことを指すことは、クロスにも察することができた。
「尤も前所有者ならいずれ……我が『半身』には認められるかもしれないが……」
「むっ……」
最愛の姉よりも前の所有者の方が優秀だった?……それはちょっと聞き捨てならない発言である。
「これは属性や性質の問題……実力や潜在能力は無関係……」
セブンはクロスが不快に感じたことが解ったのか、フォローとも取れる発言をした。
「我が光輝(ヒカリ)の半身を従えられる『人間』など……現時点では存在しない……」
「光輝? なるほどそういうことね……」
姉様の属性や性質といったものを光と闇の二元で判別するなら……間違いなく闇の方だろう。
「じゃあ、あなたを使える前提条件……属性って……」
「闇(ヤミ)……」
「やっぱりそうなるのね……でも、それなら別に姉様だって……」
セブンは首をふるふると横に振った。
「汝が姉は至高の闇……されど、その本質は生粋の神属……我が求めるのは汝がごとき純潔の魔性……」
「ち、ちょっと魔性って、あたしだってこれでも起源(ルーツ)は女神なのよ! それがなんで魔属になるの!?」
超古代神族、大地の女神セレスティーナ……それがクロスの最初の生。
まさに神族の中の神族、最高純度の神属性なはずだ。
「……汝はすでにその答えを知っている……」
「っ……そう……つまり、あたしはもう……」
「…………」
「……穢れた堕神ってわけね……」
クロスは己が両手を見つめながら、自嘲するように微笑う。
「汝が魂は誰よりも美しく、そして罪深い……一つ前の世では世界を呪い……その前の世では姉……」
「言わないでっ!」
セブンの言葉を遮るように、クロスは叫んだ。
「…………」
「……前世の罪なぞ疾うの昔に背負っているわ……シルヴァーナ、セレスティナ、全ての業をね……!」
クロスはセブンをキッと睨みつける。
「……そうか……ならば我が言うことは何もない……」
「まったく、不愉快なお喋りが過ぎるわよ。やっぱり、あなたは黙っていた方が可愛いわ……」
「では、そうするとしよう……『覚悟』ができたら『我(真名)』を喚べ……それだけで契約は成立する……」
セブンはそう告げると、爛々と輝く赤い瞳をゆっくりと閉ざした。




「壊っ!」
静寂を打ち破る轟音、震撼する大地。
ここはクリアの森……いや、かって森だった場所だ。
蔽い茂っていた樹木はセブンの青き劫火によって焼き払われ、今では草一つ生えぬ荒れ地と化している。
「……ふう」
荒れ地の中心地で、タナトスは小さく息を吐いた。
背中に回されたセブンチェンジャーが大鎌へと変形していく。
「これで『Asmodeus』に続き、『Belphegol』も改良完成ですわね」
タナトスの周りには、マモン、ベルフェゴール、アスモデウスの三人の大悪魔が居た。
「Mammon(あたくし)とLeviathanは今のままでもそこそこ扱えるようですし……後は……」
「Beelzebub(ベル)だね〜♪」
マモンの目前を横切って黒い小妖精(ピクシー)が飛来する。
「ベルゼブブ?」
「はぁい、御主人様。魂殺の大鎌(ソウルスレイヤー)と魂の支配者(ソウルマスター)の違いを体で覚えてね〜」
ベルゼブブはそう言うと、大鎌の上から四番目の赤石の中に吸い込まれるように消えていった。
「ソウルマスター?」
「んっと、ベルの異名の一つだよ。魂喰いとも魂の運び手とも呼ばれるけど……要するに魂の支配者ってことだね〜」
四番目の宝石の中から、ベルゼブブが上半身だけ姿を現して答える。
まるで宝石から生えているかのようなその姿は、半透明に透けていた。
「さてさて、ベルはこうやって御主人様のナビ(補助)ならできるけど、ちっちゃいから対戦相手はできないんだよね……うう〜ん、困った、困った、困ったなぁ〜?」
ベルゼブブは態とらしくそう言うと、ちらりと三人の大悪魔の方を見る。
「はいはい、解ったわよ、わたしが……」
『私で良ければお相手致しましょうか?』
聞き覚えの全く無い綺麗な声が、ベルフェゴールの声を遮った。
「ほう……」
「いつのまに、あたくし達の背後を……」
アスモデウスが感嘆を、マモンが不覚の声を上げる。
三大悪魔の背後には、直径七尺(約2m)ほどの黒球が浮いていた。
「布?」
黒球を象っていた黒布が解(ほど)け、『中身』が露わになる。
「……ふぅぅ」
現れたのは、長くボリュームのあるストレートの白髪に、艶めかしい褐色の肌をした長身の女性だった。
先程まで彼女を包み込んでいた黒布は、赤縁の黒衣(上衣)の袖口から覗く両手首に巻き付くようにして収められていく。
「…………」
タナトスはとてつもなく警戒緊張していた。
間違いなく初対面の相手、それは間違いない。
だが、彼女の奥深くから漏れ出してくる魔力……『気』に覚えがあった。
「いや、そんなはずはない……それはありえない……!」
タナトスは心当たりを必死に否定する。
「『誰だ?』ですか……いいでしょう、名乗りましょう」
白髪の女性はふわりと跳び上がりると三大悪魔の頭上を飛び越し、タナトスの前へと降り立った。
「なあぁっ!? このあたくしの上を……無礼なっ!」
「アルコンテス十二獣星『イョーベール』のユーベルガイスト……恐らくは貴方の敵と成る者です」
白髪の女性はマモンの非難など無視して、優雅に名乗りを上げる。
「その語呂が悪い組織名……この前の……」
「では、『演舞』を始めましょうか?」
ユーベルガイストは腰に巻いていた赤布を引き抜くと、軽やかに宙へと舞い上がった。











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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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